もくじ>詩>私らはまだ死なない岩本敏男詩集>一九五四年作品>

私らは まだ死なない

九年目に 私らは
久保山さん と 泣きたがった
私らは 日本で
平和にくらしていたのだから
<原爆まぐろ>
<放射能の雨>
<死の灰>
九年目の 新聞活字を口にして
「原水爆実験反対」の署名をはじめた

……そうだ 焦げつく夏の あの日には
私らは そこにいなかった
そこで死にはしなかった
本で読んだ
グラフでみた
原爆図で
顔をそむけてはみた
目をおおってはみたのだ
はがれた皮
やけただれて ふくれ上った腹
くすぶる骨
そこに ころがり重なっていだいやらしいもの
そこには ただ
むごたらしい「人間の死」だけがあったのだろうか
それは すでに人間ですらなかった
<それを 私らにくりひろげてみせたやつらは!>
そしてそこには
すでにおかされた人間 私らもいて
顔をそむけて
目をおおって
なにを なににむかって言っていいのかわからずにいたのだ
それは 私らの義理や人情ではわりきれぬものだった
私らは つつましく
生きながらえていることが
すまないような気持にさえなっていた
あたりをみまわして
誰かが なにかを言うのをまっていた
考えることに疲れて 誰かが言った
「戦争反対」と
それが私らの心を熱くした
それが私らのヒューマニズムをほっとさせた
それが なににも誰にも さしさわりのない言葉だったから
そこで 私らは
プラカードを押し立てて
つながって歩いてみた
<戦争が悪いのだ 戦争だから仕方がなかったのだ>
そして 原爆記念日がくるごとに
私らは祈った
石にきざんだ文字のかげに
浮ばれない死者の 人間の
葬列をつらねてみせた
<安らかにねむってください あやまちは二度とくりかえしませんから>
だが 誰が安らかにねむっただろう
安らかにねむったのは
私らではなかったか

九年目に 私らは
久保山さん と 泣きたがった
ラジオのニュースに耳をひそめて
朝の新聞をまちかねて
「まだ 生きていた」と吐息をついたが
一九五四年 九月二十三日
あやまちは二度くりかえされて
久保山さんは死んだ
焦げつく夏の あの日にも
ビキニの海の あの日にも
私らは そこにいなかったから
そこで死にはしなかったから
私らは きょうも生きていて
私らの この二度目の命日を
また 記念日にするだろう

たしかに 私らは生きていた
きょうも きょうがつづいて生きていた
私らの上にだけは
原爆が 水爆が 落ちてこないことを信じていた
そう信じて生きることのうしろめたさに
「原水爆実験反対」
生きている人間のしるしに
「戦争反対」
念仏をとなえて
なんという執念ぶかさ!
私らは 死んでも死んでも「人間」を生きようとしないのだ

死なないのだ
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