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一家の九月


 おかしな家だ。この、東へ十五度かたむいた家には、表戸の柱に紙きれがはりつけてある。
 <これで、戸の左上すみをなぐりつけて下さい。すると、戸があきます。>
 これで、というのは、表札の下にぶらさげてある金槌のことだ。
 けれど、戸は、たいてい一日じゅうあいている。はずしてある。
 外からは、金槌で、戸の左上すみをなぐりつけてあけることができるが、中からは、はずしてしまうより方法がないのだ。


 あさ、そのやっかいな戸をはずすと、トンネルのようにつづく土間に、うすい光がさしこんで、爪先立ったちんばの下駄がみえる。ころがっているタマネギの伸びた芽が、みどりにみえる。たちこめたコンロの煙が、裏口から、のろのろ表へはい出てくる。
 やがて、煙のあとから、ゲートルを巻きつけた父が、咳きこみながら、出かけていく。ざんごうをはい出る老いた兵士のように。
 そして、そこを飛び出していくのは、センバン工の一番目の息子だ。


 ひる、土間の日ざしにほこりがまう。まだ青い柿の葉と一しょに、炭屋がくる。ゴム屋がのぞく。野良犬がまよいこんでくる。
 税務署がきたときは、ちょうど戸がしまっていたのだが、うまいもんだ。すばやく金槌でなぐりつけて、革カバンから先にはいってきた。
 母は、えんがわで、外米の石をよりわけながら、息をしていなかった。
 六番目の七つの子が、便所で歌をうたって、虫を出していただけだ。


 ゆうがた、三番目の女の子が、市場へつけものを買いにいくころ、家は古寺だ。夕日に赤く照らされて、家中、仏壇だけが坐っているようだ。
 そういえば、仏壇の前で、母がつくる造花の一枝一枝は、さびしい供花。小僧の、四番目の息子が、茶わんをならべて、しゃもじで、すいとんの味をみている。
 <父ちゃんだ>
 表の、レエルのない敷居に腰かけて、鼻くそをほじくっている五番目の息子が叫ぶ。
 この耳のいい小学二年生は、父のひきずる足音よりも、からのべんとう箱で、ガチガチ鳴るハシの音をききつけて叫ぶのだ。


 よる、父は、屋根にはえたシノブ草のように、ヒゲのあごをふるわせて、眠った。
 父の、しけたセメントのにおいのする腕に、うつぶせて眠るのは、便所でうたうくせのある子だ。
 母は、北まくら、供花の束にかこまれて、いびきをかいて眠った。いびきにおびえては目をさました。表戸が鳴っている。二番目の女の子がかえってきたのではないだろうか。かえってくるのは、正月と盆だけなのだが。
 三番目の女の子は、ふとんにもぐりこんで、家庭科の宿題、上手な物の買い方をした。<ネギルか、なるべく買わないようにします。>
 起きているのは、若い執行委員、一番目の息子だ。組合員百二十、スト決行について考えている。電気を消して、女子工員のヨシエという少女のことも、考える。
 壁とタンスのあいだで、虫が鳴く。
 みんなが眠って、くるった目覚時計が、いきなり鳴り出したりする。


 その日、十二号台風がちかづくあさ、母はニギリメシをにぎっていた。
 父が、戸をはずして表へ出た。
 三番目の女の子がノコギリをさげて出る。四番目と五番目の息子が板ぎれをもってくる。
 出口にそろって、走る雲をみた。
 <きてみやがれ>
 父は、口にふくんだ釘を吐き出して、柱の金槌をひきむしった。
 一番目の息子は屋根にいて、遠い海をみていた。きたない港は灰色ににごって、水平線のない海がかぶさってくるのだ。となりの屋根から呼ぶ声がする。
 無口な息子ははなにも言わないが、風に、体を、旗のようにうならせて立っていた。
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