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家の便所

 裏の軒に、アシナガバチがきて巣をつくっているのをみつけた。焼いてやらなければ、と考えたが、めずらしいので、しばらく眺めていることにした。
 便所へいくたび、のぞいてみると、親バチが二匹、しだいに巣を大きくして、羽もハリもないセンチ虫のような子をそだてていた。
 そのうち、ぼくも、日にいちどは便所へいくのだが、ハチの巣のことは、めずらしくもなんともなくなって、忘れてしまった。
 便所のなかでは、あいかわらず、窓のうす明りで、古新聞の切れはしを読みかえしたり、木の葉の散るのをみていたり、腕のちからこぶをためしてみたり、指を折って月日をかぞえたりしていた。
 やがて、便所のなかにいても、むき出しの尻が、すこしさむくなってきた。
 そして、このごろのぼくは、そのさむい尻をふりまわして、軒の巣からとび立ったアシナガバチの子と、たたかいをかわしながら、深刻な顔で、用をたさねばならなくなっている。
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