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ごろ寝派雑記

 総理府の「余暇と旅行に関する世論調査」によると、「テレビと新聞などの見聞き」というごろ寝派が半数をしめてぃるとありました。三日以上の連休の場合でも三四㌫がそうだとか。それが総理府の発表だけに、なにか働きバチのあわれさと無気カさをぃってぃるようで、私はいやーな気持ちになったものでした。
 たとえ旅行をたのしみたくても、この経済大国では、なんとか「中流」でいるためにはローンとひざっ小僧をかかえて、ごろ寝派でいるより仕方がないのでは。あわれといえばあわれなことですが・・・。
 しかし、ねっからの不精者のせいでもありますが、私などは若いころからごろ寝派でしたし、これほど優雅な過ごし方はないとさえ思っているのです。出かけていってもかえってくるんだから、くたびれもうけの旅行になんかいかないがいい。そんなことをいいつづけて、ひとり気ままなごろ寝をたのしんでさました。それはもうごろ寝派のインストラクターにでもなれそうに思うぐらいにです。
 そして、この連休。いうまでもなくごろ寝ぐらしでした。
 五月三日。憲法記念日。ソ連の原発事故とサミットの記事で、新聞はその一面をしめていました。テレビ・ラジオにも憲法についての番組は皆無のようでした。
 それにひきかえ天皇陛下在位六十年式典の日には、新聞はもちろんのことテレビも特別番組がくまれていました。在位六十年のうちには帝国憲法下の二十年があるのですが、NHKテレビの「きょうの焦点」で、解説委員は陛下がいかに平和を願っておられたかを熱っぽく語っていました。
 けれど、式典の「天皇陛下万歳」の五千人の唱和と一般参賀八万人余の日の丸の小旗の波に、思想としてではなく、いいしれない悲しみの感情に身も心もふるえていました。テレビのまえにすおりなおして、しばらくはうごけずにいたのでした。
 そして、憲法。雨の音をききながら、私は「日本国憲法」を読んでみました。アメリカから押しつけられたものだとしても、「前文」のみごとさとちから強さに、私はひさしぶりに心のたかぶりをおぼえていたのです。
 五月四日。今年は隣組長なので、自治会の会費をあつめるための準備。ゆうがた、友人夫妻。ローズティーをいただく。おくさんはポーランドのひと。話は原発事故のことになりました。
 五月五日。自治会の会費をあつめてあるいただけで、あとはごろ寝でプロ野球のテレビ観戦。夜はおしやれな気分でローズティー。ねむれないままに、出版の話のあった「少年詩集」のために、四十編のうちの一編を、ベッドをつくえがわりにして書いていました。

  きらい

ピーマンが きらい
にんじんが きらい
かたづけが きらい
おつかいが きらい
さんすうが きらい
ときたくんが きらい
はいしゃが きらい
おはかまいりが きらい
それから きらい
ファミコン買ってくれない
おとうさんが きらい
そうか よしよし
おまえが きらい
[昭和61(1986)年5月12日 京都新聞夕刊「現代のことば」欄に掲載]