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リポーター

 朝、八時半でした。ほとんどベッドにいる状態のなかで、息苦しさをまぎらわるためにテレビをつけてみました。すると、アイドル歌手というべきなのか人気歌手というべきなのか、彼女が人気男性歌手との結婚を断念したあと、うわさの俳優との仲はどうなのかという記者会見でした。
 リポーターというひとたちの重複した質問とカメラのフラッシュ。それがながながとつづきました。新聞のテレビらんでは、他局もおなじようなのであきらめて見ていると、「彼を恋人だと思っていいのですね?」という絶叫にちかい質問に、「そうですね。よろしくお願いします」と彼女がこたえて記者会見が終わりました。そこで番組の司食者か、ごていねいにいいました。「今後を注目したいと思います」
 テレビ通の姉にきいたところによると、ちょっとしたタレントだったら、各局のリポーターが、ハワイでの結婚式から赤ちゃんのお宮参り、はては両親のお葬式にま、親戚のおじさんみたいな顔をして出かけていくのだそうです。
 いつだったか芸能リポーターだというひとが、「私たちは夢を売る商売ですから」といっていたのをきいたことがあります。
 そうだとしたらさめた目で見るのは大人気ないのかもしれませんが、プライバシーなどなんのその、不倫の恋だとしつっこいまでの追求、空港ロビーなんかでの取材のための怒号と混乱。そうまでして、午前と午後の時間帯に、各局きそって提供しなけれはならないほどの夢の内容なのかどうか、なんともうとましい気持ちにもなるのです。
 まして、殺人事件などのリポーターになると、ことがことだけにすさまじくなるようです.被害者のお葬式にのリこんでいって、祭壇のまえで悲しみにうちひしがれている両親に、マイク、をつきつけていうのです。きまったように質問をするのです。「いまのお気持ちは?」
 これも私のようすを見にきていた姉と、いっしょにテレビを見ていて教わったのです。「ほら、いまにいうよ」と姉がいい、たしかに私も見てききました。
 そして、こんどは加害者の山深い実家にもリポーターは出かけていました。戸をたたきすきまをのぞきして、その罪、眷属(けんぞく)におよぶとでもいうのでしょうか、ひっそりととじこもる家族に、なんとかマイクをつきつけようとするのです。こたえがないと、実家のそばで、加害者の生まれ育ちをながながとしゃべるのです。
 「ひどいよ。これはテレビの暴力だよね」
 そのとき、姉はきいたふうなことをいいましたが、いったことにはまちがいないと私はうなずいたものでした。
 さて、テレビを消してベッドにしずんで、かくも勇ましいリポーターのみなさんに、私ならどこへ出かけてもらうだろうかと考えました。
 ころはよし、入試シーズンの終わりに、本紙の記事で見た元教授裏口入学で一億円詐欺に判決。教育を二千万円から四千万円で買おうとした医師をさがして、病院をバックに、ご意見をきかせてもらうのはどうだろうかなどと…。
[昭和60(1985)年3月13日 京都新聞夕刊「現代のことば」欄に掲載]